main story
九、
「えっ、あっ!もしかして常連の方ですか?驚かせてすみません、最近ここで住み込みで働かせてもらうことになった翠葛といいます、よろしくお願いします」
翠葛と名乗る少年が、人懐こそうな笑顔でそう答えました。そう言っている間にも、彼はてきぱきと動き回って、来客用の抹茶を点てています。
「今日は何かお探しですか?」
二匹分のお茶碗をテーブルに置いて、彼はそう言いました。
想定外の展開にパニックを起こしてしまった白珠玉に代わり、黒魅津が口を開きました。
「えっと、常連さんじゃなくてごめんなさい。僕たち、こちらの息子さんの……花観月さんという方に会いに来たんですけれど」
「え?ミヅキに……?えっと、今多分裏にいると思いますけど、呼んできましょうか?」
それを聞いて、白珠玉は繋いでいた黒魅津の手を強く握りました。それを優しく握り返して、黒魅津が問いかけます。
「どうする?タマ」
「えっ……あ、うん……」
「……じゃあ、お願いできますか?お忙しくなさそうであればで大丈夫ですから」
「分かりました!座って待っててください!」
パタパタと駆けていく翠葛の後姿を見送って、二匹は椅子に座りました。緊張していたらしい白珠玉がふぅ、と息を吐きます。
「大丈夫だよ、きっと何とかなるから」
「何とかならなかったら?」
「その時はまたどうすればいいか一緒に考えてあげる」
「……ありがと……」
手持無沙汰なのか、足をぷらぷらと動かしている白珠玉を横目に、黒魅津は頂いた抹茶に口をつけました。口当たりの良い、さわやかで深い香りが鼻を通り抜けます。
……今まで通り生きていたら、知らずにいただろう、と黒魅津はふと思いました。あの時、白珠玉がたまたま寮の同じ部屋になって、彼が対の神使にならないかと誘ってくれなければ、そしてなにより、彼が命を懸けて自分の存在をつなぎとめてくれていなければ、こんな世界を自分は一生知ることがなかっただろう、と。
黒魅津は、そんな白珠玉の為ならば、たとえどんなことにも力を貸してやりたいと思っていました。だから、彼の心に陰りがあるならば、それを取り除いてやりたい。黒魅津にとって白珠玉は、真夜中の部屋を照らす行燈のように優しい光のような存在でした。