main story
八、
背の高い木々が生い茂る暗い森を抜けると、足元を枯葉が通り過ぎていきました。昼間だというのに夕方のように薄暗く、橙色と紫色の光が照らす道に、真っ赤な提灯がぶら下がっています。
妖怪たちの暮らす世界、それがこの「異界」と呼ばれる場所です。見渡せば、人間とは耳の形や目の数、肌の色どころか姿かたちそのものがかけ離れたあやかし達がぞろぞろと歩いています。人間界と繋がっているこの入口の近くは、「逢魔が時通り」と呼ばれ、人間界との関わりが多かった頃の名残で、大規模な商店街として栄えていました。異界と人間界の狭間とも言えるこの通りは、常に夕方のまま時が進みません。昔は、うっかり人間が迷い込んでしまうこともよくあったと言います。
「いつ来ても変わらないな、この辺」
「そうだね……薄暗いから転ばないようにね、タマ」
「だ、大丈夫だし!これ位見えるし!!」
にぎわう商店街の通りを、二匹は奥へ奥へと進んでいきました。おいしそうな香りが軒先から漂うたびに吸い寄せられそうになるのをグッとこらえて、目的地へ向かいます。
「和菓子屋さんって言ってたかしら?どの辺りなの?」
「あー……もう少し奥。商店街抜けて曲がったあたり」
「……?ここを抜けたあたりの和菓子屋さんって……」
薄暗い商店街を抜けると、ここからは完全な妖たちの世界。人間界と変わらず太陽が照って、気持ちの良いお天気です。言われたとおりに道を一つ曲がると、そこには大きな門構えの古い御屋敷のようなお店がありました。
「やっぱり!ここ、小豆堂じゃない!」
「知ってるよね……まぁ、有名だしな……」
「ここらへんじゃ知らない妖怪さん居ないくらいだよ!……あれ、でも閉店するとかしないとか言ってなかったかしら。」
「うん、前の店主が引退するっていうから、東京で修行してた息子が帰って来たんだとさ」
「ああ、それでこっちに引っ越してきたってことか……ええ、でも嬉しいなぁ。一度ここのどら焼き食べたことあるけど、餡子が滑らかでいい香りでちょうどいい甘さで絶品だったなぁ……」
どら焼きの味を思い出して、黒魅津は幸せそうに笑います。対照的に、白珠玉の表情は明るくありません。
「……タマ、ここまで来たんだから会ってみようよ。案外忘れてるかもしれないよ?」
「うう……緊張するから手つないでて……」
入り口で二匹がもたもたしていると、ガラ、という音と共にお店の戸が開きました。
「いらっしゃいませ、良かったら中どうぞ!」
すらりとした長身の、年の同じくらいの男の子でした。切りそろえられた髪は初夏の木々のような美しい翠色をしています。しかし、彼の姿は記憶にある花観月のものとは全くかけ離れています。それに、イタチの耳も尻尾も見当たりません。
「……え、誰?」
突然の出来事に、白珠玉は固まってしまったようです。