main story
十三、
妖狐たちの社会において、人間を化かし、騙す能力はそのまま権力に繋がりました。人間の恐怖や信仰心から生まれた妖怪たちは、人間の社会にも影響を受けます。ですから、人間の社会における権力者――その多くは大人の男性でした――を騙し、化かし、伝説として名を残すことは狐たちにとっての権力に繋がりました。そして、玉藻の前しかり、狐女房しかり、言い伝えの中で彼らを騙すのはいつもメスの狐でした。ですから、妖狐たちの社会ではメスの方が立場が上になることが多かったのです。
さて、白珠玉の母親は、それはそれは優秀な白狐でした。由緒正しき「曼珠沙華」と呼ばれる一族に生まれ、神使の学校もとても優れた成績で卒業しました。そして、いくつかのお社で神使を勤めあげた後、今では稲荷神様のお傍で直接お世話をする、名誉あるお仕事をしています。それに、妖力も安定していて強く、更には見目麗しい容姿をしていたので、若いメスの狐たちは皆彼女に憧れていました。
その上、白珠玉の父親も彼女に並んで良く仕事のできる狐で、多くの狐たちから尊敬されていました。そんな2匹が結ばれたのですから、その子供である白珠玉は幼い頃から大変な期待をされて育ってきたのです。
――しかし、そんな期待とは裏腹に、白珠玉はいつまで経っても妖力のコントロールが上手く行きませんでした。周りはみんなできているはずの術も彼一匹だけ上手く使えず、成績は芳しくありません。しかも、周りと比べて運動神経も良くなかった彼は、よく転んでいつも膝にかさぶたを作っている仔狐でした。そんな白珠玉を見て、周りの狐たちは口を揃えて「ご両親はあんなに立派なのに」と溜息をつきました。そして、その子供たちもそんな白珠玉のことを見るとクスクスと笑うのです。
白珠玉は、それはそれは両親のことを尊敬していましたから、彼女らの顔に泥を塗らない為にも、学校では必死に勉強を頑張りました。しかし、それでも成績が伸びることはありませんでした。
すると、同年代の狐たち――特に、気の強そうな雌のキツネたちでした――は彼にこう言いました。
「お前が無能だからお母様がかわいそう」
「両親はご立派なのに、本当は拾われた子なんじゃないの?」
「才能のないオスの癖に、七光りで出しゃばらないで」
彼女たちは、確かにとても才能のある、優秀な狐でした。しかし、白珠玉と違い普通の、ごくありふれた妖狐の家の出でしたから、彼の母親のように稲荷神様に近いところで働くことは叶いませんでした。稲荷神様の近くでお仕えできるのは、選ばれたごく一部の家系の狐だけでした。ですから、例え成績が悪くともその可能性が十分にある白珠玉が目障りだったのでしょう。
こうして、彼女達の目の敵にされた結果、白珠玉に構うキツネは一匹もいなくなってしまったのでした。